大判例

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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)9587号 判決

原告

宋栄淳

右訴訟代理人

中尾昭

被告

日商岩井株式会社

右代表者

橋本仲介

右訴訟代理人

山田弘之助

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告

(一)  被告は原告に対し、金五四〇〇万円およびこれに対する昭和四八年一二月一九日以降完済まで年六分の割合による金員の支払いをせよ。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。との判決および仮執行の宣言。

二、被告

主文同旨の判決。

第二  請求の原因

一、被告の業種

被告は、商品の販売および輸出入等を業とする商事会社である。

二、本件謝礼金の支払約束

被告は、昭和四一年三月一〇日原告に対し、被告が新韓碍子工業株式会社(旧商号三都碍子工業株式会社、以下、単に新韓碍子という。)と日韓経済協力における民間借款のプロジエクトの一環として特別高圧碍子製造プラント用機械・装置(以下、本件プラントという)の輸出契約(以下、本件輸出契約という)を締結した場合には、その謝礼金として金五四〇〇万円(以下、本件謝礼金という。)を次のとおり分割して支払うことを約束した。

(一)  日本政府の輸出承認書取得時

五〇〇万円

(二)  第一回船積完了時 二四五〇万円

(三)  最終船積完了時 二四五〇万円

三、本件輸出契約の成約および船積完了

被告は、昭和四一年六月一〇日新韓碍子との間で本件プラントを代金二九九万九七五〇米ドル(以下、米ドルを単にドルという。)をもつて輸出する旨の本件輸出契約を締結し、昭和四四年八月一日日本政府の輸出承認を取得し、同年一〇月二二日に第一回船積みを行い、同四六年三月一五日最終船積も完了した。

四  結論

よつて、原告は被告に対し、本件謝礼金五四〇〇万円およびこれに対する履行期後である訴状送達の翌日の昭和四八年一二月一九日以降完済まで、商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第二  被告の主張

一、請求原因に対する答弁

請求原因事実はすべて認める。

二、弁済の抗弁

本件輸出契約における代金の内訳は、機械装置本体分二一一万〇〇八〇ドルとその他のオーバープライス分等八八万九六七〇ドルであるが、新韓碍子の代表者として本件輸出契約を締結した原告と被告の間においては、右オーバープライス分に原告に対する本件謝礼金一五万ドル(一ドル三六〇円の換算による五四〇〇万円)を含ませる約束であつた。そして、本件輸出契約に対する日本政府の輸出承認が大幅におくれたことから、被告は原告の要請に従つて本件謝礼金の前記支払条件を変更のうえ、新韓碍子に対して次のとおり四回に分割して合計五四〇〇万円を支払い、原告は右謝礼金を受領済みである。

(一)  昭和四三年七月 一日

三六〇万円

(二)  同 四四年三月二六日

三六〇万円

(三)  同   年四月 一日

三六〇万円

(四)  同   年九月二二日

四三二〇万円

かりに、右支払いが形式上新韓碍子に対する支払いであつたとしても、原告は新韓碍子の代表者として個人印と会社印を専用して自由に使用できる状態にあつたから、本件謝礼金は、これを個人の資格でも受領したものとみるべきである。

第四  抗弁に対する答弁

被告主張の抗弁事実を否認する。ただし、新韓碍子が被告主張のころ四回にわたつて合計五四〇〇万円を受領したことは認めるが、右は、同社が昭和四三年二月被告との間で金銭消費貸借契約を締結し、次のとおり一二回にわけて合計一億九〇三六万〇一九八円を借受けたうちの(三)、(五)、(七)、(一〇)に相当するものであつて本件謝礼金支払い分ではない。

(一)  昭和四三年四月 一日 三六〇万円

(二)  同   年四月二七日

五七六〇万円

(三)  同   年七月 一日 三六〇万円

(四)  同   年七月 五日 七二〇万円

(五)  同 四四年三月二六日 三六〇万円

(六)  同   年三月二八日

一四四〇万円

(七)  同   年四月 一日 三六〇万円

(八)  同   年八月 二日

一七三九万五二〇〇円

(九)  同   年九月二二日

二四六〇万円

(一〇)  同   年九月三〇日

四三二〇万円

(一一)  同   年一一月二九日

五〇〇万円

(一二)  同   年一二月 三日

五一二万四九九八円

第五  証拠関係〈省略〉

理由

一被告の業種および本件謝礼金支払義務の発生

請求原因事実は、すべて当事者間に争いがないから、被告は原告に対し、本件謝礼金五四〇〇万円の支払義務を負うに至つたというべきである。

二本件謝礼金支払いの有無

被告が新韓碍子に対して、その主張のころ四回にわたつて合計五四〇〇万円を支払つたことは当事者間に争いがなく、被告はこれを本件謝礼金の趣旨で支払つたと主張するのに対して原告はこれを新韓碍子に対する貸金の一部にすぎないとして争うので、この点について順次検討する。

(一)  本件謝礼金の支払方法

まず、本件謝礼金相当額が本件プラントの輸出代金に含まれていたか否かの点について検討するに、〈証拠〉を総合すると、商社の取引においては一般に仲介手数料等報酬金は当該販売代金に含めてこれを処理するのが通常とされていること、本件輸出契約における代金についても、その総額二九九万九七五〇ドルのうちには機械装置本体分の代金のほかに、合計八八万九六七〇ドルが、副資材費、三〇万ドル、技師派遣費一五万四八五〇ドル、韓国技師研修費四万五〇〇〇ドル、自動車代金一万六〇〇〇ドル、海上運賃五万七〇〇〇ドル、金利等七万三五〇〇ドル、現地調達分四万八三二〇ドル、税金分四万五〇〇〇ドルおよび原告本人に対する本件謝礼金一五万ドルの内訳で計上されていたこと、そして右のうち副資材費、本件謝礼金、現地調達分等の費目についてはこれをあらかじめ被告から新韓碍子に支払つたうえ、後に被告においてこれを本件輸出契約代金として回収する仕組みとされていたこと、原告本人は本件輸出契約締結当時は新韓碍子の副社長の地位にあり、後に同社社長に就任していること、本件輸出契約およびこれに付随する契約締結について被告との交渉には主として原告が新韓碍子の代表者としてこれに当つていたことなどの事実が認められ、〈る。〉

右事実によれば、本件謝礼金相当額は本件輸出契約において輸出代金に含めて計上されていたうえ、代金の一部はあらかじめ被告から新韓碍子に対して支払うものとされ、本件謝礼金をこれに含める約定であつたと認められ、さらに原告本人が新韓碍子を代表して本件輸出契約締結の衝に当つてその成約をみるに至つた点も併せ考えるならば、原告は本件謝礼金の支払いに関する右取決めについては新韓碍子の代表者のほか原告個人の地位も兼ね備えた立場でこれをなしたものとみるのが相当というべきである。してみると、原被告間における本件謝礼金の支払方法すなわち債務の本旨に従つた履行としては、被告から新韓碍子にあてて謝礼金の支払いをなすことをもつて足り、その場合の受領金の処理は、原告と新韓碍子間の内部関係の問題にすぎないと解するのが相当というべきである。

(二)  五四〇〇万円支払いの趣旨

そこで、次に被告から新韓碍子に支払われた前記四回にわたる五四〇〇万円の支払いの趣旨について検討するに、〈証拠〉を総合すると、被告は原告の申出によつて本件謝礼金支払いに関する最初の支払条件を変更のうえ、その主張のとおり四回にわたつて合計五四〇〇万円を本件謝礼金の趣旨で直接原告ないしその妻に支払い、妻に支払つた昭和四四年四月一日の一回分については受取人原告名義の、その余の三回分については、受取人「新韓碍子工業株式会社宋栄淳」なる記載の、各領収書の交付を受けたことが認められる。

これに対して、原告本人(第一、二回)は、右支払分を被告の新韓碍子に対する貸金の一部であると述べ、〈証拠〉には原告主張の一二回にわたる被告からの支払額について日歩二銭五厘の割合による利息の記載がある。しかしながら、〈証拠〉によれば、被告と新韓碍子間において、本件輸出代金のうち副資材費三〇万ドルとオーバープライス分一五万ドルの合計四五万ドルをあらかじめ被告から新韓碍子に支払うことが予定されていたことおよび右覚書作成時である昭和四六年六月一六日現在において右金額のうち二六万四〇〇〇ドル(一ドル三六〇円換算九五〇四万円)が支払済として確認されていることが認められ、右金額は、〈証拠〉中、右同日以前における九回分の支払合計額九五〇四万円に符合するうえ、〈証拠〉によれば、〈証拠〉の右同日以降の支払分がやはり〈証拠〉に予定された右同日後の支払予定額とほぼ符合し、被告の新韓碍子に対する支払予定額が完済されていることが認められる。また、〈証拠〉によれば、〈証拠〉記載の各支払いがいずれも被告において後に本件輸出代金によつて回収することを予定していた支払分であつて、本件輸出契約に対する日本政府の輸出承認が大幅におくれている間に原告の要請で輸出承認ないし各弁済期以前に支払われたため、もし輸出承認に至らなかつたときには貸金としてその返済を求めるが輸出承認の時点ではこれを約定の支払金に充当する趣旨で事務処理上貸金として処理されたこと、従つて、また、弁済期前の支払分についてはその期日までの利息を計上していた事情が認められ、その反面被告・新韓碍子間で金銭消費貸借契約書を交わしたとの事情も認められない。

さらに、原告本人(第一回)はその主張の貸金分については韓国外換銀行の支払保証によつて返済していると述べるが、同銀行発行の支払保証状では本件輸出契約代金についての支払保証がなされているだけでこれを超える金額についての支払保証のないことも明らかであるから、右供述も採用し難い。従つて、被告の新韓碍子に対する支払予定分は本件謝礼金分も含めて全額完済されたものと認められ、右認定に反する〈証拠〉はいずれも採用せず、また〈証拠〉の記載も、これらがいずれも本件輸出契約に対する日本政府の輸出承認前の支払いに対する領収書である点を考慮すればいまだ前認定を動かすに足りず、他に以上の認定を動かすに足る証拠はない。

そうすると、被告から新韓碍子に支払われた前記五四〇〇万円は本件謝礼金の趣旨で支払われたものと認められるから、これが原告個人名義で受領されたものについては当然として、かりに新韓碍子名義で受領されたものについても、前判示のとおり右支払いをもつて予定の支払方法としていた本件においては、いずれも本件謝礼金支払債務の本旨に従つた履行として有効というべきである。

三結論

以上の次第で、本件謝礼金は全額完済されたことが明らかというべく原告の本訴請求は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(鷺岡康雄)

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